大阪高等裁判所 昭和61年(ラ)375号 決定
右当事者間の奈良地方裁判所昭和六〇年(ミ)第一号会社更生手続開始申立事件につき同裁判所が同六一年七月一八日なした抗告人会社につき更生手続を開始する旨の決定に対し抗告人らから抗告の申立てがあったので次のとおり決定する。
主文
原決定を取り消す。
相手方(申立人)らの本件会社更生手続開始の申立てを棄却する。
本件抗告並びに申立て費用は相手方(申立人)らの負担とする。
理由
一、抗告人らは主文一、二項同旨の決定を求め、その理由とするところは別紙(一)記載のとおりで、これに対する相手方らの反論は別紙(二)①②③記載のとおりである。
二、当裁判所の判断
1. 本件更生手続開始申立て(以下「本件申立て」という)の理由
(一) 相手方(申立人)ら及び田中太蔵、西峰勝美、中西久美(以下「申立人ら労働者」という)は抗告人会社(以下「会社」という)のタクシー運転に従事する従業員ないしその相続人であり、本件申立て当時より現在に至るまで別紙(三)の労働債権を有し、いずれも夫々会社資本金一六〇万円の一〇分の一をこえている。なお、会社は右債権を全く支払わず、別紙(二)①第二記載のとおり抗告人井上の主張する第三者弁済は、法律上の利害関係なくして債務者の意思に反し無効であるから、右債権の存在に変りない。
(二) 会社と相手方ら労働者との従来のいきさつ、会社の目的、業態、会社の資産、資本、役員構成は別紙(四)記載のとおりである。
(三) 会社の負債は(一)記載の申立人ら労働者の労働債権外合計一億円をこえるところ、前記のとおり、抗告人井上裕の更生債権に対する第三者弁済は無効であり、そうでなくても、抗告人井上裕の右第三者弁済による求償権及び、更生債権の譲受債権を会社に対し放棄或いは贈与した行為は別紙(二)①第一、第三、同(2)記載のとおり無効であり、そうでなくても約五三三七万円余の贈与に基づく新たな租税債務を会社に発生せしめることとなる。
(四) 以上のとおり、会社は債務超過にあり、或いはそうなることが明らかであり、別紙(四)、四、別紙(二)①第一、同②、同③記載の事情に照らせば会社が前項の負債につき現に支払不能にあり、或は近く支払不能に陥ることも明らかである。
(五) 仮りに(三)の抗告人井上裕の行為が有効だとしても、それは更生手続廃止の事由となるに過ぎない。
(六) 会社に更生の見込みがあることは別紙(四)五記載のとおりである。
2. 以下抗告理由とその反論にそって検討するに、一件記録によれば次の事実が認められる。
(一) 抗告人井上裕は奈良トヨタ自動車株式会社から譲り受けた会社に対する少くとも更生債権一〇〇万円を有し、会社の代表取締役であり発行済株式三万二〇〇〇株の約四分の三に当る二万九八〇〇株を保有する筆頭株主であり、抗告人西川は右同譲り受け更生債権一〇一万七五一四円の債権を会社に対し有する。
(二) 会社と申立人ら労働者との間にはかねて労使紛争があり、会社代表者井上裕は右労働者の主張する別紙(三)のうちの基本債権たる奈良地方裁判所昭和五五年(ワ)第三二四号未払賃金等請求事件における仮執行宣言付判決に基づく未払残業割増賃金及び損害金と付加金債権等を強く争い控訴中であったところ、右労働者らは会社に対し、強制執行をなしたが、効果がなかったため、本件申立てに至ったものであるが、他方、会社は従来から右労働者を除く会社債権者に対し支払不能に陥ったり支払停止をしたこともなく、支払い原資不足の折には右井上裕が随時代位弁済するなり融資をなしていた。
(三) 会社の資産、負債の状況は原決定直前の昭和六一年七月一七日現在において別表(一)の貸借対照表記載どおりであり、負債の内訳は一〇七二万七三〇八円の長期借入金は抗告人井上裕の貸付金債権であり、その余は別表(二)①の更生債権及び前記申立人ら労働者の更生債権並びにその余の別表(三)右同日現在残高欄記載の流動負債(共益債権その他)であり、債務超過の状態であった。
(四) 抗告人井上裕は、別表(二)の1、2の各債権を昭和六一年六月二日に、同3の債権の内一〇〇万円を同月二四日に各債権額を支払って債権譲渡を受け、抗告人西川は右別表3の債権の残額を同月二四日に、同表4の債権の内一八万円を同月一九日、各債権譲渡を受け、各右債権譲渡人から会社に対しその旨通知済みであるところ、右抗告人両名は同年一〇月二〇日付その頃到達の書面で右譲り受け債権のうち(一)記載の債権を除くその余を各放棄する旨の意思表示をなした。
(五) 申立人ら労働者は労働債権として、別紙(一)添付計算書(以下「計算書」という)の届出債権欄記載の各労働債権(内訳は別紙(三)記載どおり)を主張し更生債権として届出をなし、予め更生手続によらない弁済を受領を拒否することが明らかであったところ、抗告人井上裕は昭和六一年六月一八日、一〇月四日、一八日の各供託により計算書弁済供託合計額欄記載どおり夫々利害関係ある第三者として弁済供託を了し、その旨会社に通知し、同年一〇月二〇日付その頃到達の書面で右弁済による求償権を全額放棄する旨の意思表示をなした。
(六) 抗告人井上裕は前記(四)(五)以外の別表(二)記載の更生債権に対し、同表①②記載どおり、その余の別表(三)記載の昭和六一年一〇月二〇日現在残高欄記載及びその余の流動負債については別紙(一)七ないし九記載のとおり、夫々利害関係ある第三者として弁済又は弁済供託をなし、右同日及び同月二七日付その頃到達の書面で会社に対し、右各弁済又は供託の通知をなすと共に、右各第三者弁済等に基づく求償権を全額放棄する旨の意思表示をなした。
(七) 以上の各第三者弁済等が有効とするときの同年一〇月二〇日現在の会社の資産、負債状況は別表(四)の貸借対照表記載より前記(一)の各債権を除く流動負債額を削除したものどおりとなり、結局三七〇〇万円余の剰余資産を有することとなる。
(八) 本件更生手続において、同年一〇月末日の更生債権、更生担保権届出期限を経過した現在において申立人ら労働者七名の別紙(一)添付計算書記載の債権が届け出られたのみで、他の債権届出はすべて取下げ済みであり、京都相互銀行は会社より会社資産である大和郡山市朝日町二二九番地二、二三〇番地一地上家屋番号二三〇番一車庫鉄骨造スレート葺平家建床面積八九〇・七三平方米に対し根抵当権設定をえて、その旨の登記を経由しているが、抗告人井上裕より代り担保物の提供をえたので、同年一一月一一日付、その頃到達の書面で更生管財人に対し、右根抵当権の放棄をなす旨の意思表示をなした。
(九) 抗告人井上裕は同年一〇月二〇日付、同二七日付各その頃到達の書面により会社に対し、今後会社が負担する債務につき、会社のために債務の第三者弁済をなすことを約して信用を供与し、さらに、以上の全第三者弁済に基づく求償権の放棄が税法上贈与とみなされて益金扱いによる租税が賦課されたときには、同租税債務についても会社のために第三者弁済をなし、それに基づく求償権をも予め放棄することを確約しており、他方抗告人井上裕は父井上信貴男の遺産相続をなし、その相続税支払いのため所有土地を五億四四一五万円で売却し、これにより昭和五七年度奈良県内高額所得者の順位二位となったことがある。
以上の事実関係によれば、まず抗告人会社はいうまでもなく、同井上裕は株主、債権者として、同西川は債権者として夫々抗告申立適格を有する。
ついで、相手方(申立人)らは抗告人井上の前認定の第三者弁済又は供託の利害関係及び求償権放棄の効力を争うが、更生手続開始決定が確定すれば更生会社の代表権者は代表権の制限を受け及び業務執行権を失い((会社更生法(以下「法」という)五三条))さらに、更生計画によって、株主、更生債権者たる権利又は地位は喪失又は制限を受け、代表取締役の地位の変更を受けるおそれがある(法二一一条、二二〇条、二二一条)のであるから、抗告人井上裕は更生会社となるべき会社の代表取締役、株主、債権者のいずれの地位においても、更生債権となるべき債権者に対する会社の債務につき第三者としての弁済につき民法四七四条所定の法律上の利害関係を有するというべきであるから、当然第三者として弁済又は弁済供託をなしうる地位にあるというべきである。これに反する相手方(申立人)らの主張は理由がない。そして、前認定の事実関係によれば、抗告人井上裕の前認定の供託はすべて、なかんずく申立人ら労働者の別紙(三)の労働債権に対する供託は、いずれも供託要件を具備し、最終的に申立人ら労働者の主張額をこえてなされているから、有効であって会社をして右供託にかかる全債務を免れしめるものというべきである。なお、相手方(申立人ら)は更生債権の弁済は更生手続のみによるべきであるから第三者弁済は無効と主張するが、更生債権の弁済が更生手続によるべきであるとされるのは更生会社がその資産による場合に限るのであって、第三者の弁済を制限する規定も根拠もないから、右主張はとりがたい。
つぎに抗告人井上裕が本件第三者弁済又は供託及び求償権の放棄を相手方ら主張のとおり、労働者の犠牲のもとに会社を食い物にする不法目的のためにのみなしたことを認めるに足る資料はなく、右井上裕に相手方ら主張の問題行動が従前あり、今後予想されるとしてもそれらについては夫々別個の法的対処の手段が存するのであり、一方本件代位弁済に基づく求償権放棄は会社に対し多大の利益を与えるものであり、他方右井上裕が筆頭株主、代表取締役としてその地位、権利を保持するために求償権放棄をなすこと自体何ら非難されるべきものではなく許された行為という外ないことに照らせば、仮りに相手方ら主張の問題行動が右井上裕にあり、又予想されるとしてもそのことから直ちに本件求償権放棄を公序良俗に違反し無効ということはできない。以上に反する相手方らの主張はとりがたい。
そうだとすると、現に控訴審で争われている別紙(三)の申立人ら労働者の労働債権はいうまでもなく抗告人井上の別表(一)の固定負債債権一〇七二万七三〇八円及び前記(一)認定の右同人と抗告人西川の債権を除く会社の負債は最終的にその存在が認められる限度においてすべて消滅したものというべく、また、右残存債権はいずれも殆んどが抗告人井上裕の債権である上、本件更生手続においても届出がされず、また維持されなかったものであるから、会社が今後この債権のために支払停止に立ち至ることは考えられない。したがって、前認定(七)のとおり、会社は現に債務超過の状態になく、前認定の抗告人井上の資産状況、第三者弁済の実績に裏付けられた前認定の将来の代位弁済約束による信用供与により、会社は現に事業の継続に著しい支障をきたすことなく弁済期にある債務を弁済することができないことはないのはいうまでもなく、近い将来債務超過に陥ったり、支払停止ひいては支払不能が生ずる虞があるとは認められないという外ない。そして他に一件記録によるも右虞を推認するに足る資料もない。なお、相手方がるる主張する会社の役員たる抗告人井上に対する債権が存在するとしても、同人の前示株式所有比率と右第三者弁済の経緯に照らし、同人の信用供与による前示の会社の将来の支払能力を減殺する要素とは認めがたい。
また、相手方(申立人)らは抗告人井上裕の第三者弁済、求償権放棄は更生手続廃止事由として考慮すべき事由に過ぎないと主張するが、同廃止(法二七四条)は更生手続開始決定確定後の問題であり、それが未確定の本件において同開始決定の要件として判断すべきはいうまでもない。よって、以上の判示に反する相手方(申立人)らの主張はいずれも理由がない。
したがって、本件申立ては法三〇条一項所定の更生手続開始の要件を欠くものという外なく、その余の双方の主張につき考えるまでもなく理由がなく棄却を免れない。
3. 以上の次第で、本件抗告は理由があるから、本件申立てを認容した原決定を取消し、相手方らの本件会社更生手続開始の申立てを棄却することとし、民訴法九六条、八九条、九三条により主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 首藤武兵 裁判官 杉本昭一 三谷博司)
<以下省略>